末富 晶 Shou Suetomi
詩人・生け花アーティスト

小学校3年生から学校に行かず、約7年間を不登校児として過ごす。
11歳で華道壮風会に入門、松井禾風氏に師事し、生け花を学ぶ。神戸、東京、パリ、ミラノ等にて開催された同会のグループ展に作品を出展。
15歳の時に書いた詩が松竹映画『十五才 学校Ⅳ』(山田洋次監督作品/2000年公開)に採用され、作中詩原案者となる。
2018年 自身の体験を綴り岩波書店より『不登校でも大丈夫』(岩波ジュニア新書)を出版。
2023年 第一詩集『世界のはじめに』(Star Poets Gallery 叢書Ⅰ)を出版。
現在は詩人として詩の言葉を聲とするとともに、生け花アーティストとして活動、『うつし花』の名で独自の生け花を教授している。
1983年 神戸市生まれ
海の見える街神戸から湖のそばの滋賀県に生後数ヶ月で引っ越しする。
父方の祖父母、両親、二人の兄とともに暮らす。母によればまだ字が読めない3つか4つの頃、親戚の集まりで耳から覚えた『よだかの星』(宮澤賢治)の朗読を披露していたとのこと。3つ子の魂百まで、という言葉が思い出されるエピソード。
1987年 幼稚園入園
毎朝泣いて母と先生を困らせる。
「幼稚園は、この次に行く小学校というところへ通うための練習なのよ。小学校の次は中学校、高校、大学があるの」と聞いて、先の長さに目眩を覚え、社会への最初の一歩の雲行きが早くも怪しくなる。
将来のゆめの欄には「お花屋さん」と書かれている。これもまた当たらずとも遠からず。
1989年 小学校入学
1991年 不登校児となる
小学校に2年間通い、3年生の半ばからその後約7年間続く不登校生活がスタートする。
この辺りの経緯を後に出版させていただくことになる『不登校でも大丈夫』に記している。
当初は家の中で本と漫画とゲームに浸る日々を過ごす。
この頃、外に出る時は草履や下駄を好んで履いていた。たぶんそのせいで足指がすくすく伸びて長くなった。
1994年 華道壮風会に入門
華道家 松井禾風氏に師事。植物と植物の『間』に心を見出す生け花を学ぶ。
今現在も稽古に通っているので、これを書きながらもう30年以上もお世話になっているのか、と驚いている。
1996年頃から言葉を綴りはじめる
作品とも思わず書いていた詩作品や物語たち。この頃より徐々に生まれはじめる。
1999年 華道壮風会生け花展(東京芸術劇場ギャラリー)に作品を出展
同年 松竹映画『十五才 学校Ⅳ』(山田洋次監督作品・2000年公開)の制作に関わり、作中詩原案者となる
生け花展への作品の出展が、初めて保護者なしで新幹線に乗って東京に行く機会となった。
同時期に映画作りの現場に関わることになり、それ以後東京に足を運ぶ機会が増える。
映画制作を通じて知り合った同年代の友人たちが、グループで自作の歌を歌っていた。自分たちで歌を作るってなんて楽しそうなんだ、と目から鱗が落ち、自分が書いている言葉も歌にしてみたいという気持ちが生まれる。
兄に曲作りを頼み、歌を作りはじめる。
同年 兄妹ユニット「ちいさな郵びん配達」が誕生する
十代から二十代前半にかけて兄とともに数十曲の歌を制作する。
代表作:『 海花 』など。カフェ、教会、学校、イベント会場など、色々な場所で歌う機会をいただく。
2000年より 父が代表を務めていたNPO法人「HCCグループ」機関紙表紙に詩を連載する
2000年 朝日新聞社より取材を受ける 11月記事掲載
2001年 中日新聞社より取材を受ける 元日記事掲載
2005年 県域新聞『みんなの滋賀新聞』にて地域記者を務める
約半年間という短い期間ではあるが、新聞記者となる。
取材の中でメモしたたくさんの情報や感じた事柄から、文字数がはっきりと決まっている枠の中で記事を作成する、という貴重な経験になる。
同年 地球市民トークプラザ「十五才 学校Ⅳ 上映とトークの集い」
( 主催:財団法人大阪国際交流センター)出演

2010年
華道壮風会Paris生け花展(フランス・パリ/エスパス・ベルタン・ポワレ)に作品を出展
初めて海外での華展に出展する機会となる。
2012年
第2回 華道壮風会Paris生け花展
(フランス・パリ/エスパス・ベルタン・ポワレ)に作品を出展
2回目のパリ展。この時、自作の詩をフランス語に訳し、詩と生け花を同空間に表現するスタイルを見出す。独自の世界表現の第一歩となる。



2013年より 高島市社会福祉協議会冊子「しふくのふくし」にて「私の不登校記」を連載
不登校の体験を記事にしてくださいませんか、というお話をいただく。
この頃にはすっかり「過去の出来事」となっていた自身の不登校体験を、再び思い出すきっかけとなる。ひとつひとつの記憶に寄り添って、忘れかけていたことを掘り起こし、数年間に渡ってイラストとともに連載する。

同年 華道壮風会 教授資格取得
約半年に渡る試験期間を終え、教授資格を得る。
独立し、自身の生け花教室を開催するための準備をはじめる。
2014年 華道壮風会Milano現代生け花・美術展
(イタリア・ミラノ / チエ アートギャラリー)に作品を出展
イタリア、ミラノでのグループ展。印象的な出会いがあった。
後日このことも『不登校でも大丈夫』に記す。


2015年 読売新聞社 しが県民情報より取材を受ける 9月記事掲載
朝日新聞社より取材を受ける 11月記事掲載
2016年 講演「私をはぐくんだもの」(主催:登校拒否・不登校問題滋賀県連絡会)
初めての講演会。
「あなたが これだけは伝えたい と思うこと、そのただ一つを届けるつもりで話をすればいい」という友人の言葉を胸に、「不登校でも大丈夫」の言葉一つを灯りとして持ち、お話する。
2017年 蘆花浅水荘(滋賀県)の活性化推進委員会発足。
委員として関わる。
明治から昭和初期にかけて名を馳せた日本画家「山元春挙」氏の別邸兼アトリエである蘆花浅水荘(ろかせんすいそう)。100年前の姿そのままに今に残る数寄屋造りのお屋敷は国の重要文化財に指定されている。
縁あって、この邸宅の活性化推進委員となる。
主にパンフレットの文章作成などを務める。


2018年 岩波書店より『不登校でも大丈夫』
(岩波ジュニア新書)を出版
不登校児だった体験、生け花との出会い、ここに至るまでの道筋を綴り、一冊の本として出版することが叶う。
各章の扉に詩を載せたことで、その後の詩集出版の流れに繋がる。
同年 講演「不登校でも大丈夫」(主催:登校拒否・不登校問題滋賀県連絡会)
同年 講演「私の不登校記 道は一つではない」
(主催:彦根市男女共同参画センター「ウィズ」)
同年 お話会「たった一つの“いのち”を生きる」(大阪/blanchouette)
講演会より小規模な、一つのテーブルを囲んで皆さんと一緒に語れる場に呼んでいただき、『不登校でも大丈夫』の内容に沿ったお話をする。少人数ながらより深く通じ合える感覚がして、アットホームなお話会スタイルならではの雰囲気を感じる。
同年 読売新聞社より取材を受ける 1月記事掲載
2019年 京都を中心に定期的な生け花教室の開催をはじめる
『ー晴空便りー型のない生け花』の名で教室を開く。
縁あるお一人お一人の「心の花」が、それぞれ唯一無二の美しさに光っている様子を数多く観ることになる。
・自分自身の「間」を見つければそれは独自の「型」となる
・そこにこそ、本来のその人本来の光がうつる
こうした確信から、後に末富晶の生け花を表す言葉を『うつし花』とする。

2020年 大阪府香里園にて『型のない生け花展』を主催
教室に来てくださっている皆さんとの、初めてのグループ華展を企画する。

同年 「イデアサイコロジー」の発足に関わる
元臨床心理士の春井星乃さんが提唱する「イデアサイコロジー」のwebサイトで記事を書かせていただくとともに、Instagramのイラストを担当する。
記事:【生け花と心の世界】



2021年 nuu 風をまとう展( Star Poets Gallery )にて
nuuの衣の空間と生け花インスタレーションのコラボ

同年 TUDOU展(遠藤趣風プロデュース/
神戸・Gallery北野坂)に作品を出展


同年 京都・住蓮山 安楽寺にて『型のない生け花展』を主催
2022年 京都・住蓮山 安楽寺 春・秋の特別公開期間の生け花を担当
書院にて生け花展を開催させていただくとともに、他にも安楽寺さんの境内の様々な場所(客殿・手水鉢など)にお花を生ける。これをご縁に、後の特別公開期間の生け花を担当させていただくこととなる。
同年 華道壮風会 現代生け花・美術展(神戸・ギャラリー島田)に作品を出展
2023年 第一詩集『世界のはじめに』( Star Poets Gallery 叢書Ⅰ)を出版

初詩集の出版となる。
『不登校でも大丈夫』各章の扉に載せていた詩をスターポエッツギャラリーの今村仁美さんがご覧になり「この方は詩人だ」と感じてくださったことがきっかけ。詩人の天童大人さんをご紹介いただき、ご協力を賜って、書き溜めていた言葉をこの年ついに一冊の詩集として世に出すことが叶う。
出版記念会にて初めて詩を聲とする。
同年 天童大人プロデュースアートパフォーマンス[Projet La Voix des Poètes-詩人の聲―] に参加 第2151回(駒込平和教会),第2184回(ギャルリー東京ユマニテ)第2197回,(ギャラリー絵夢),第2224回(駒込平和教会)
東京にて3日に一度のペースで開催されているプロジェクト「詩人の聲」に参加させていただくようになる。一人の詩人が一時間、自作の詩をただ一心に空間に聲としていく場。もちろん初めての体験で、一時間もの時間、ちいさな詩集一冊を携えてどうなることかと思ったが、不思議なことに『世界のはじめに』を自分の「間(ま)」で聲にするとちょうど一時間かかることが体感できた。天童さんから「生け花の修練で培った「間」だね」と言っていただく。この体験から、生け花による空間の「間」と詩の聲による時間の「間」は深く繋がっていることが自分の中で明らかになる。

同年 『「目覚め」への道の歩き方』
(春井星乃著/ナチュラルスピリット)
イラストを担当。京都にて出版記念会を開催
春井星乃さんのご著書のイラストを担当させていただく。
秋に安楽寺にて出版記念会を開催。たくさんの方にお越しいただき、特別なひと時となる。
同年 京都府内各地(京都市・Effect coffee , NEMS CAFE, 南丹市・八木酒造)にて詩を聲とする
写真:南丹市・八木酒造

同年 Hironさんの音楽と末富晶の詩のコラボ企画「星の回廊~奏~」を開催(Star Poets Gallery)

同年 『森の空想ミュージアム』(宮崎県西都市)『鵜戸神社』(日向市)にて詩を聲とする
宮崎県に詩を聲とする旅に出る。初めての土地に一歩足を踏み入れたとたん「ここは神話の国なんだ」と強く感じる。
映画『十五才 学校Ⅳ』で私の原案の詩が読み上げられた舞台は、まさに宮崎県日向市であったことを思い出す。ーこの星が僕にくれるものを見落としたくないんだーすべての記憶が重なり合い、つながり合っている。
同年 『蘆花浅水荘』【色彩と詩を味わう会】(IKA Laboratory 主催) 出演 生け花の創作、山元春挙画伯のアトリエにて詩を聲とする
蘆花浅水荘にて、詩人・生け花アーティストとして、その両面から空間と対話する機会となる。
山元春挙画伯の絵筆がそのままに残されるアトリエは、ヒヤリとするほどの何かが未だ満ち満ちている場。作品の前で、詩を聲とさせていただく。



同年 京都・住蓮山 安楽寺 春・秋の特別公開期間の生け花を担当




同年 華道壮風会 現代生け花・美術展(神戸・ギャラリー島田)に作品を出展
2024年 黒川ツナ子 Solo Exhibitionー遠い日の約束ー( Star Poets Gallery )
Opening Celebrationにて詩を聲とする
絵:黒川ツナ子作『受取って 渡してゆく』
「あの時の詩の聲が、絵になりました」
そう言って見せてくださった『受け取って 渡してゆく』という一枚の絵。
詩集『世界のはじめに』の出版記念会に来てくださった画家の黒川ツナ子さんが、その時の私の聲の響きを受け取って、作品にしてくださったものです。こんなことが起こるなんてまさか思いもしなかった嬉しくありがたい出来事。
それからその女の子の作品は短期間に何作も生み出され、そのシリーズ作品の個展が開催されることとなり、オープニングに詩を聲とさせていただきました。


同年 TUDOU展(遠藤趣風プロデュース/神戸・Gallery北野坂)に作品を出展
同年 北海道で行われた 天童大人プロデュースー詩人の聲 北へ!ーに参加
参加詩人: 天童大人、照井良平、友理、末富晶
置戸図書館(置戸町)、積読舎(北見市)、コーヒー・フレンド(帯広市)にて詩を聲とする

数日間に渡り、北海道の各地をめぐり詩を聲とする機会をいただく。北の大地で素晴らしい詩人の方々とたくさんの時間、場を共にすることができ、言うまでもなくとても貴重な体験となる。
同年 「吟遊現代」発足 参加詩人となる
Star Poets Galleryにてvol.0 幕開けの会開催
友理、中峯翔、末富晶 3人の詩人と今村仁美プロデューサーによって結成された新たな試み。
はじまりの日の様子を、動画作品としてYoutubeにアップしていただいています。

同年 お話会「ちいさなわたしのお話会」(大阪・箕面/ゆいまーる)開催
同年 【 えんー天地のない世界をあそぶー 】京都・住蓮山安楽寺にて 黒川ツナ子さんの屏風絵とコラボ。書院に花を生け、聲を聲とする


詩集『世界のはじめに』出版記念会からの時の流れに運ばれて現実となったこの日。黒川ツナ子さん作の屏風絵の前で、詩を聲とさせていただく。
同年 京都・住蓮山 安楽寺 春・秋の特別公開期間の生け花を担当





2025年へつづく
