ある場所に訪れたことがきっかけで、呼び覚まされる記憶というものがある。
輪廻転生という世界観の中ではそれは過去生の記憶と呼ばれたりもするけれど、そう呼ぶかどうかは、もはやあまり重要ではないかもしれない。
とにかくその地には過去に生きた誰かの記憶が息づいていて、今日ここに位置する私と通じ合い、響き合うということが起こる。
それはとても大きな悲しみである時もあるし、反対に歓びである時もあり
感情とは相容れない何かであることもあるし、長い長い物語であることもある
自らの生をどれだけ開いているかということが、その場にどれだけ呼応できるかということに直接的に関係している。
一人ひとりの人生は、個を超えて開かれた時、その存在を果てしなく大きなものとする。
それは今に至るまでの過去のすべてと響き合うことさえある。
それぞれに個性を持った成り立ちだから、何に特別よく響くかは人によって違いがある。
それをご縁と呼ぶのかもしれない。
世界中に散りばめられた、数多の起動点を渡っていく旅をしている。
そんな風に考えてみると、何やら壮大な地図が浮かび上がってくる。
二十年前に、アイルランドの西の島、イニシュモア島まで行って
誰もいない遺跡の中から崖の向こう水平線に沈む夕陽を見た
世界の果てまで来てしまった
とあの時は感じたけれど。
あの日のあの光景が、私の中のスイッチを押して、その後やって来たたくさんの記憶が遠い日本と結びつき、一つの物語となった。
驚くべきことだが、その物語は現在進行形で続いている。
人の世がある限り続いていく、魂の連鎖。
縁ある土地とつながって、さらなる自己を開いていきたい。
2025.8.27 末富 晶


