世の中の人がもう何千回何億回こぼしたか分からない「暑い」という言葉を、本日ここで再び文字にする。
毎日毎日、本当に暑いし、夏はまだまだ長く続くらしい。
花があっという間に干からびるのでお花のお仕事は8月は大抵お休みしているのだけど、この調子では9月になっても気温としてはあまり変わらず、なのかもしれない。
教室はともかく、生け込みとなると瞬時に枯れるのではとヒヤヒヤする。
クーラーの室内ではそれはそれで冷たい風が直接植物にあたるのもあまりよくないし、お店とか夜間はクーラーなしで花が置かれる環境となると、その気温差が大打撃になる。
つまり夏はどう転んでも難しい状況なのだけど、難しい状況ならばその状況なりに、解決策や工夫や「なぜだか分からないけど上手くいってしまった事」が出てくるから誠に不思議である。
こっちが勝手に不思議と感じるだけで、その理由は多岐にわたるのかもしれない。
こんなに暑い環境の中、日差しが照りつけても、つくばいの中に生けたお花は不思議と元気によく保ったりする。
土と通じているからか、と思ったりもするけれど、どうもそれだけではないらしい。
たくさんの人によく見られる環境に生けられた花も、通常より長持ちするような気がする。
逆に予備としてバックヤードのバケツの中に放り込まれていると、次に見た時、驚くほど元気を無くしていたりすることもあったり。
それは水の温度とか、部屋の環境とか、そういう通常言われているようなあれこれの基準でははかれないもので、何かしらこちら側、つまり「人間側から発する意識」が植物に影響を与えていると感じる瞬間である。
暑い暑い日差しの中でたくさんの植物が萎びたり枯れたりしているのを見るけれど、でもやっぱり、その中で逞しく生き残るのもまた植物、という感じもする。
図らずも植物と触れあう日常が多くある人生となっているので、いとおかしきこの観察は引き続きやっていく所存である。
2025.8.1 末富 晶


